元ヤンマー農機代表取締役社長 堀江信夫様のご冥福を心よりお祈り申し上げます

元ヤンマー農機代表取締役社長 堀江信夫様のご冥福を心よりお祈り申し上げます
この度の堀江信夫元ヤンマー農機代表取締役社長(万願寺)のご逝去に深い悲しみを覚えるばかりです。
私も60歳定年までヤンマーホールディングス(株)の社員でした。
堀江社長はヤンマーで唯一、山岡家の血統ではない方です。当時、社長就任時には、大手新聞社がこのことに興味を持ち「ヤンマー農機社長に堀江信夫氏」と記事にされたことを覚えています。
ヤンマー時代に堀江社長とすれ違ったことがよくありましたが、威風堂々とされており、知性、人格共に超一流と言わざるをえません。
雲の上の方であり、仕事で言葉を交わしたことはほぼありません。
昨年の選挙では、ご夫婦で私に投票下さいました。出陣の際、私へのアドバイスは、「お前は頭がいいから、連合、商工会議所といった組織のいいなりになるな。しがらみを捨ててこそ、市議会議員だ。 フラットであれば一般質問も生きてくる。」ちなみに堀江信夫社長のお父様は堀江喜一元滋賀県議会議長です。また初代山東町長で東小、西小、大原小、柏原小へも多大なご尽力を頂いております。
私は米原市の歴代で一番の偉人は堀江信夫氏と思っています。大きな民間企業で、最初はヒラの新人社員からで、営業畑で海外勤務を長年に渡りご尽力され、常務、専務と出世されました。
私の父とも親しくして下さいました。米原市には私が勤務していたヤンマー中央研究所があります。その他では野一色にヤンマーパワーテクノロジー小型事業部伊吹工場があり、堀江社長は視察や会議で何回も立ち寄っていらっしゃいます。
ヤンマーのエコビレッジ構想に関しては「どうだこれがヤンマーだ」と得意に語り、いつまでもヤンマーを愛されていました。私も今でもヤンマーを愛しています。
あの、男気強いヤンマーの社長とのお別れがあまりにも急なことで、まだ私は心の整理をしていかなければなりません。
おそらく、堀江信夫社長が一番喜んで下さるのは、お父様の堀江喜一様と同じく、しがらみを捨て、政治家として自由人となり、米原市政を断固として「正義」「民の痛みに寄り添う」「財政の健全化」の三つであろうと思っています。
堀江信夫社長、長い間お世話になりました。長い間ごくろうさまでした。どうぞ安らかにお休み下さい。





